【キングダム考察】王賁の最期はどうなる♣史実と比較♠息子の王離は項羽に敗北♦

(原泰久先生 キングダム 47巻引用)

朱海平原で
大将軍の景色が
見えるまで覚醒を
果たした王賁。

実際に、
史実では始皇帝になる
贏政に重宝された将軍の
一人でもある。

王一族は王翦と王賁から
始まったと言っても
過言ではない。

名家という意味では
蒙恬や蒙武、
そして蒙驁がいた
蒙家の方が
この時代は名門だった。

⇒【蒙恬将軍は臨時でも人気者!?
⇒【信・蒙恬・王賁は誰が一番強い!?




王賁の最期

王賁の最期は
どうなるのか。

気になるところだが、
史実では不明。

しかし、
おそらくは贏政に
仕え続けたのだろうと
推察される。

キングダムでも
中華の統一まで
生き残る将軍の一人と
なるに違いない。

王賁の武功は
凄まじいものがある。

魏国に関しては、
総大将として
滅亡まで単一武将で
追い込んでいる。

また、
他にも三カ国の滅亡に
絡むというこの時代の
武将では最大級の功績を
残している。

⇒【王賁は史実で4国を滅ぼす!?

息子は王離

王賁の息子は
王離という人物。

この人物も、
贏政に継いで
始皇帝の二世にも
仕えている人物。

陳勝・呉広の乱という戦いで
功績をあげているが、
後に秦を滅ぼすことになる
項羽に敗れる。

王翦に王賁、
そして王離もまた
優秀な武将だった。

贏政の時代を
支えたといっても
過言ではない一族である。

⇒【新六大将軍は誰の手に!?

スポンサーリンク




王賁の死

王賁の死は
史実では分かっていない。

始皇帝の時代も
小競り合いは
多く存在した。

後に秦国を
滅ぼすことになる楚との
戦いについては
かなり激化していた。

王賁は中華の統一に
大きな功績を残した武将。

それだけに、
各地の防衛を
努めていたというのは
間違いないだろう。

そんな中で、
ひっそりと逝った
という可能性もある。

隠居して、
そのまま病死や老衰という
可能性もあるだろう。

少なくとも、
歴史上に王賁の最期は
登場していない。

キングダムでは、
中華の統一までを
描くことになっている。

王賁は生存したまま
物語は進むことになる。

⇒【信は趙滅亡に絡まない!?
⇒【最終戦は燕代の連合!李牧生存!?

王翦と燕を

史実に残る
王賁の大きな武功は
燕を王翦と共に攻めた戦。

ここで、
燕の王である燕王喜を
薊から追い出し逃亡させた。

薊の陥落に関与した
王賁の初の大きな勝利と
言えるだろう。

王翦と王賁は親子。

キングダムでは
あまり愛情を
感じない部分もあるが
実のところそれなりに
王賁のことを
見ていたと思っていいだろう。

これを考えると、
王賁は王翦の部隊に
一時的に幹部として
登用されるのかもしれない。

⇒【羌瘣が王翦軍の幹部になる!?
⇒【亜光は王賁を守っている!?

【こんな記事も読まれています】

⇒【李牧と王翦はどちらが強い!?
⇒【蒙恬の史実は活躍が少ないの!?
⇒【信・蒙恬・王賁は誰が一番強い!?
⇒【信は趙滅亡に絡まない!?
⇒【李牧が嘉と!三大天全員逃亡!?
⇒【王賁は史実で4国を滅ぼす!?
⇒【新六大将軍は誰の手に!?
⇒【信と蒙恬の歴史的な大敗!?
⇒【項燕がラスボス!?李牧を超える!?
⇒【最終戦は燕代の連合!李牧生存!?
⇒【武将の強さランキング(TOP10)




マンガ好き.comのLINE@
●ここでしか見れない●
●記事になる前のお話を公開●
ポチっと友達登録
ID検索
【@ucv5360v】
The following two tabs change content below.

マンガ好き

各種ご意見や予想、またコメントや掲示板やSNSを含め考察記事を編集して掲載させて頂いております。史実が必要なものはそれをもとに考察しているものもあります。内容に間違いがある場合もありますが、あくまでもその時点での考察記事としてご理解頂けると幸いです。誤字脱字は都度修正しますが行き届かない点はご容赦下さい。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

ピックアップ記事

2018.12.5

キングダム考察|王翦の閼与落とし!?精鋭のみの攻め上がりは李牧の想像の外!?

(原泰久先生/集英社/キングダム) 王翦と李牧の戦い。 朱海平原において繰り広げられる。 しかし、 史実においての王翦は…

よく読まれている記事

考察記事

最近の投稿

ページ上部へ戻る